日本鳥学会、ヒトと動物の関係学会、生き物文化誌学会ほか所属。. 1 神話の中の鳥たち . 中國古代的神話源遠流長,豐富多彩,是我們文化中非常燦爛的一個章節。但可惜的是,中國的古代神話沒有形成一個完整的系統,而是散落於《詩經》《楚辭》《山海經》《莊子》《韓非子》《呂氏春秋》《淮南子》等文化典籍中。這還不包括後來道家自成一脈的神話傳說,比如太少老君和共工,就是完全獨立的兩個神話體系。, 由於出處各不相同,所以關於各種古神的說法也是眾說紛紜,甚至有一團亂麻的感覺。但無論古代哪個體系的神話,盤古開天闢地這一條是不會改變的,鴻鈞再早,也早不過盤古。各個神話體系中,天帝也都各不相同,今天我們就用這篇文章來聊一聊古代神話中的十大天帝,其中東皇太一位列前3,玉帝僅排第8。, 古代神話中,真武天帝和紫薇天帝是分別代表「武」和「文」的兩位天帝,他們倆一文一武,相輔相成。真武天帝是武當山供奉的主神,也是代表北方的主神。道家典籍中,真武天帝代表著戰鬥和力量的極限,他的形象也非常陽剛威猛。真武天帝一身黑衣,金甲玉帶,仗劍怒目,身邊伴有龜蛇二將,是為凡間降妖除魔的盪魔天尊。, 紫薇天帝則是代表智慧、才華的一位天帝,也是道家四御之一,地位在玉帝之下。紫薇天帝負責星辰運轉、四季輪迴,有經略天地的才華。古代的紫微星就是現在的北極星,紫微星是夜空中位置最高的星,是「眾星之主,萬象宗師」,所以紫薇天帝歷來都備受道家推崇。, 由於深受《西遊記》的影響,大家對玉帝的實力都有一個非常錯誤的判斷,那就是玉帝法力孱弱,收拾不了孫悟空,甚至被孫悟空嚇得鑽到桌子底下,大喊:「快去請如來佛祖!」但這只是《西遊記》的一個情節,如果玉帝連一個孫悟空都收拾不了,還怎麼管理三清四御?, 古代神話中,玉帝上管三十六重天,中管凡間的四海八荒,下管玄冥幽寂,是道家地位最高的天帝。只是在古代的各種神話小說中,玉帝都很少出手,因而看不到他的真實實力。但《西遊記》中,如來評價玉帝歷經一千七百五十劫,每劫十二萬九千六百年。如此看來,玉帝的修為可以直追鴻鈞了,一招秒掉孫悟空應該問題不大。, 古代神話中,顓頊是黃帝的後代,是黃帝之後的下一任天帝。黃帝在擊敗蚩尤之後,對天帝的職位有點厭倦,覺得自己的曾孫顓頊是一個非常有才幹的君主,就把天帝的寶座傳給了顓頊。但顓頊接任的過程中充滿了艱難險阻,那就是水神共工要跟他搶天帝的位子。, 共工麾下的猛將不多,自己的實力也不夠逆天,而顓頊麾下有計蒙(半龍半神)、禺強(鯤鵬)這樣的頂級高手,於是打得共工節節敗退,最後共工逃到了不周山。後面的故事大家也都清楚了,共工自己發脾氣撞斷了天柱不周山,女媧娘娘出來收拾爛攤子。, 包犧氏沒,神農氏作,斫木為耜,揉木為耒,耒耨之利,以教天下。炎帝,也就是古代神話中嘗遍百草的神農。如果論出現的時間,炎帝比黃帝更早,只不過黃帝的能力和貢獻更大,所以在十大天帝中,黃帝排在炎帝之前。炎帝是代表火焰的天帝,他的曾孫就是火神祝融。, 炎帝最開始跟黃帝相處的並不融洽,他們倆在阪泉發生了一次大戰,以炎帝戰敗為最終結局。隨後,為了共同對抗凶神蚩尤,炎帝跟黃帝聯手,站在了同一陣營中。, 黃帝,他是僅次於伏羲、女媧這些創世古神的一位天帝,在《詩經》《易》《魯頌》中均有關於黃帝的記載。而黃帝流傳最廣的神話傳說,就他擊敗上古凶神蚩尤的故事。蚩尤算是古代神話中最早的一位戰神,他吃的東西堪比饕餮,什麼沙子、石頭、鐵塊都可以吃。而且蚩尤還非常善於製作各種各樣的兵器,他算是一個真正意義上的硬漢型凶神。, 蚩尤為了跟黃帝搶奪天帝的寶座,帶領自己的諸位悍將衝鋒陷陣,但是黃帝的部下更強。應龍、風伯雨師、風后、力牧、常先、大鴻、女魃等都是黃帝的手下,而其中最強的就是應龍。蚩尤和他麾下的猛將夸父都是被應龍斬殺的。, 古代神話中,伏羲是我們的創世古神之一,也是女媧娘娘的哥哥。伏羲是三皇之首,是一位比黃帝還要早的天帝,自盤古開天闢地之後,他就跟女媧出現了,都是人首蛇身。伏羲是一位代表著智慧的天帝。相傳伏羲根據河圖推演出了周易八卦,還教會了人們打獵、發明了樂器。也有一些古代神話典籍中記載,天地間的第一條龍,就是伏羲創造出來的。, 太一,天帝之別名也,天之主氣。東皇太一是先秦時期的地位最高的天帝,出自於屈原的《天問》。什麼先天至寶東皇鍾都是後來的小說給東皇太一強加的法寶,屈原可沒說過東皇太一還有法寶。再說了,說不定人家東皇太一的實力根本不用法寶,赤手空拳就能單挑鴻鈞老祖。, 東皇太一的神話傳說起源於先秦時期,時間非常久遠,遠遠超過了玉帝的起源時間。到了東漢時期,東皇太一被尊稱為「太一神」,受到了很高規格的祭祀。, 帝俊是古代神話《山海經》中地位最高的天帝,他跟羲和兩個是太陽的父母。除了羲和之外,帝俊還有一個妃子,叫做常羲,他們的孩子就是月亮。能夠孕育天上的太陽和月亮,帝俊的神力自然是浩瀚無比,都跟盤古有一拼了。帝俊是《山海經》中的一位奇人,他對羽毛美麗的神鳥特別感興趣,身邊常有鳳凰、青鸞、玄鳥相伴,而他的十個太陽兒子,也是十隻「三足金烏」。, 盤古開天闢地,神力耗盡,盤古死後,孕育盤古的先天混沌之氣產生了中國古代神話的最高天帝——昊天。昊天是古代神話中最早的一位天帝,他是關於天道、天理、天時的主宰之神。, 而是散落於《詩經》《楚辭》《山海經》《莊子》《韓非子》《呂氏春秋》《淮南子》等文化典籍中。這還不包括後來道家自成一脈的神話傳說,比如太少老君和共工,就是完全獨立的兩個神話體系。, 他們出現之後,就為剛剛形成的人間做了很多有利的事情,有一些影響還延續到了現在。千萬年來,他一直保存著火種,不讓希望之火在人間消失,是古時候人們十分尊崇的一位神仙。, 在我國古代神話中,最為著名的就是關於這十位大神的傳說,他們的能力一位比一位厲害,都有通天的大能,現在就為大家逐一的進行介紹。伏羲-三皇之首「羲皇」風姓,燧人氏之子。《史記》中稱為皇羲,又稱青帝,是五天帝之一。傳說出生在新石器時代晚期。, 女媧女媧:中國上古神話中的女神。又稱媧皇,女陰娘娘,史記女媧氏,是華夏民族人文先始,福佑社稷之正神。相傳女媧造人,一日中七十化變,以黃泥仿照自己摶土造人,創造人類社會並建立婚姻制度;後因世間天塌地陷,於是熔彩石以補蒼天,斬鱉足以立四極,留下了女媧補天的神話傳說。, 第一節 盤古開天闢地,女媧摶土造人在乾坤之初,混沌玄黃,所謂的宇宙就像個蛋一樣。也不知何年何月,誕生了第一個生靈,混沌天神。他的身體與宇宙、自然是一樣的,他能夠從中得到生存的活力。混沌天神漸漸有了思想,但卻不知道該去想什麼,他擁有著巨大的力量,也不知道應該用這力量來做什麼。, 我們的上古神話博大精深,源遠流長。跟古希臘神話相比,我們的上古神話沒有一部專門的、完整的古代著作,而是以片段形式,零散地記載於很多古籍中。比如《詩經》《楚辭》《山海經》《淮南子》《三五曆紀》《左傳》等古籍,都記載著很多神話傳說。而且不同的古籍,對同一神話的說法也略有不同。, 眾所周知,我國各式各樣的神話傳說多如繁星,而其中是涉及的神話人物就更是如同春日的花,數不勝數。畢竟他們在神話故事裡面還算是知名度比較高的神仙了,在一些神話類的電視劇、小說裡面都時常提起呢。, 開天之神盤古盤古,傳說是遠古時期,天地未開時期,孕育的生靈,在誕生之期便用神力將天地辟開,自此開地開始分明,而盤古的身軀化成了天地萬物,左眼化出太陽,右眼化出月亮,毛髮化為星辰,身體四肢化為東南西北四極和三山五嶽,血液成江河,骨骼化為礦藏等等。, ​在我國古代神話中,最為著名的就是關於這十位大神的傳說,他們的能力一位比一位厲害,都有通天的大能,現在就為大家逐一的進行介紹。​盤古 盤古是我國歷史神話中公認的開天闢地最古老的神。最早關於盤古的形象出現在《廣博物志》和《乩仙天地判說》之中,被描述為龍首蛇身、人面蛇身。, 1、盤古盤古是中國民間神話傳說人物,在崑崙山開天闢地。盤古神話流傳時間下限至東漢時代,盤古神話敘事見於《三五曆紀》、《五運歷年記》、《述異記》等。盤古的化萬物一說最早出現在南朝梁人任昉所作的《述異記》,最早形象見於《廣博物志》和《乩仙天地判說》為龍首蛇身、人面蛇身。, 這其實是和中國的發展有關係,作為一個有包容力的國家,中華文明從最初的黃河流域開始,變成現在這麼大的版圖,在這其中吞併同化了許多文明,也有許多其他國家的文化傳入,這就導致了中國神話體系看起來很亂。, 盤古-開天闢地之神盤古是中國民間神話體系中最古老的神,傳說遠古時期,宇宙就像是一個大雞蛋一樣混沌一團,有個叫做盤古的巨人在這個「大雞蛋」中一直酣睡了約18000年後醒來,盤古憑藉著自己的神力把天地開闢出來了。, 就算是現在文學上面,依然還有很多關於神話的作品。中國關於神話的古代著作也有很多,比如《封神榜》,《西遊記》,《山海經》等等。, 第1位開天闢地,還有一位斬殺殭屍王自古以來,就有很多流傳已久的神話故事,大家對於很多神話故事直到今天還是津津樂道。, 第一代天神:西王母、九天仙女、夔獸、女媧、華胥氏、雷澤神、常羊神龍、少典、雷神。四方天帝與輔神:青帝伏羲與九河神女華胥氏及屬神句芒治理天東一萬二千里的地方。, 上古十大正神下六、軒轅 中華第一共主軒轅黃帝黃帝:古華夏部落聯盟首領,中國遠古時代華夏民族的共主。被尊為中華「人文初祖」。, 而在神話之中天帝不止一位,而是有9位之多,今天我們來分別給大家簡單介紹一下這9位天帝,有不足之處,希望各位海涵。, 伏羲-三皇之首「羲皇」風姓,燧人氏之子。《史記》中稱為皇羲,又稱青帝,是五天帝之一。傳說出生在新石器時代晚期。伏羲是可以說是中華民族的人文始祖,是我國古籍中記載的第一位王。據傳伏羲長相為人首蛇身,與女媧為兄妹。通過天地萬物之間的變化,伏羲發明創造了占卜用的八卦。, 一、開天闢地之神:盤古盤古之君,龍首蛇身,噓為風雨,吹為雷電,開目為晝,閉目為夜。天地渾沌如雞子,盤古生其中。萬八千歲,天地開闢,陽清為天,陰濁為地。盤古在其中,一日九變,神於天,聖於地。天日高一丈,地日厚一丈,盤古日長一丈,如此萬八千歲。天數極高,地數極深,盤古極長。, 上古神話的開端是盤古劈開混沌,他開天闢地之後又頂天立地,每天撐開一丈,直到把天地撐開了九萬里。盤古死後化身萬物,孕育盤古的先天混沌之氣中,產生了上古神話的最高神明——昊天。. 雷獸全長60 厘米多,屬鼬 ... 有關雷獸的圖畫,其四肢也是有鱗覆蓋,尖端有一個鉗,並附有「面如蟹額有旋毛有四足如鳥翼鱗生有釣爪如鐵」的解説。 ... ^ 15.0 15.1 日本の謎と不思議大全 東日本編. : 第99頁. 人間と自然との距離が今よりもずっと近かった古代。人々は、地震や津波、雷、大風などの自然現象にも、太陽や月などの天体の内にも、神や、神に類する霊的な存在をはっきりと感じ、その現象や運行に「神の意思」を見ていた。 そんな時代に語られた、神々や英雄の物語を、我々は「神話」と呼ぶ。 多くが世界の創造――「創世」から始まる神話の中で、神々は人間と同じような生活を営みながら、ときに争い、ときに冒険をした。強い力をもった怪物や、物語の中心に座す神々とは異なる神族が登場し、神々や人間を脅かすこともあった。 神の世が崩壊し、神々が地上から消え去ったのちに人間の時代が始まったとするのが、多くの神話に見られる物語の流れだ。そんな世界の神話群にあって、神々は滅びず、世界が再生されることもなく、神が自然に人間へと変化へんげして、今も地上に生き続けていると綴るのは、日本における神々の物語である。, そんな各地の神話には、さまざまなかたちで鳥が登場する。 ふだんは人間の姿をとって暮らす神々の変化した姿としての鳥。助言者、協力者、高位の神から地上に生きる神や人間を導くように命じられた存在としての鳥。怪物としての鳥。 多彩な姿が、そこには見える。, 常に特定の神のそばにいる鳥、また、その神の象徴とされた鳥は、聖なる鳥「聖鳥」と呼ばれた。 そうした鳥は、日常の中にいる「あたりまえの存在」であると同時に、その神と強く結びついた「特別な存在」でもあり、帯びた神性から、一部は崇拝の対象にもなった。 ローマ神話の女神ジュノーの聖鳥は、ガン。ギリシア神話の主神ゼウスの聖鳥はおもにイヌワシで、女神アテナの聖鳥は知恵の象徴とされたコキンメフクロウだった。 紀元前500年頃のギリシアでは、アテナとコキンメフクロウがそれぞれ片面を飾った硬貨もつくられた。それは、アテナへの愛と信仰のひとつの結実といえる。 インドでは、ヒンズー教の創造神であるブラフマーの聖鳥がハクチョウであったり、メソポタミアでは、シュメール神話の「戦いくさと豊穣の女神」でもあったイシュタルの聖鳥がクジャクバトであったりした。 さらに神話の中には、世界の半分を覆うほどの翼をもった巨鳥や、定期的に死と生を繰り返すことによって永遠の命を維持する鳥さえも存在した。, 神話に登場する鳥は、その時代にその土地に暮らし、神話を語り継いだ人々の認識の広がりの内にいた存在である。それゆえに、人々と接点のない鳥は神話には登場しない。 その地域でよく目にする鳥は、高い確率で神話を織りなす一員となっていった。 唯一の例外は、当時の人々が精いっぱいの想像でつくりあげた恐ろしい怪物としての鳥だが、そのフォルムにさえ、機知の鳥の姿が少なからず反映されていた事実もある。, ただ存在するだけで形も定まっていなかった世界の中、神々が暮らす場所――、のちの日本となる「国土」を生み出すように、高天原たかまがはらの高位の神から命じられたのは、イザナギとイザナミという2柱の神だった。これが日本神話の冒頭のエピソードである。 だが彼らは、国を生み出すやりかたがわからず、困り果てていた。 そこに、一羽のセキレイが現れる。 セキレイこそが、日本神話で最初に登場する生き物である。 セキレイが尾を上下に動かす姿が示唆となって、イザナギとイザナミは生殖の方法を知る。そして、無事に国土を産みだすことができた。鳥によって、啓示がもたらされたのだ。 セキレイがいなければ日本という国も、そこで暮らすすべての生きものも誕生しなかった。それゆえに、セキレイこそが日本神話の最初の要だったということもできる。 なお、神話が語られた時代、日本列島の西部に暮らした人々にとって、もっとも身近にいたセキレイ類はセグロセキレイだったことから、このエピソードの鳥はセグロセキレイだったのではないかと推察されている。, 東北地方から北海道、サハリン(樺太)に暮らしていたアイヌの人々の創世神話においては、村ごとにさまざまな物語が存在するが、その中には、日本の神話と同様、セキレイの尾の動きから男女の交わりのヒントを得て、そのおかげで大地に人間が増えたというものがある。また、創造主が大地を生み出す際、助手的立場でセキレイがそれに関わったという逸話もある。 世界の創造にあたり、天に住まう神々の主・天帝は、セキレイを地上に降ろした。セキレイは、天帝の手によって盛り上げられた土(大地)の上を歩き、羽をバタバタとさせながら跳ね回り、尾を上下に振る。そうすることで、でこぼこだった土地を平らにならした。その命令が今も生きているために、セキレイは地上では尾を上下に振って歩くのだとアイヌの神話は告げる。, アメリカ先住民が伝える神話には、カモが海に潜り、嘴くちばしですくい上げた泥から人間が暮らす世界がつくられたという、鳥がより直接的に創世に関与した話も残されている。 オーストラリア先住民アボリジニの創世神話には、人間の笑い声のような声で鳴くことからその名がついたワライカワセミが深く関わっている。 創世まもない世界に毎朝、陽を昇らせる重要な役目を任されたのは精霊たちだった。精霊がうっかり寝過ごすと世界に昼が訪れなくなってしまう。そのため、しっかり目覚めさせる「目ざまし役」(=モーニングコール役)として、だれより早起きだったワライカワセミがその任についたのだという。他の土地ではニワトリが担うことの多い役目をワライカワセミが託されたことを、とても興味深く感じている。, 今から3600~3900年ほど前に生きた古代エジプトの人々は、「ベンヌ」という、霊鳥にして神でもある存在を崇めた。ベンヌは、一年を通してナイルの河畔に生息しているアオサギがモデルとされ、その姿でのみ描かれて、人間の形状はとらない。 ある言い伝えによれば、天地と神々を創造したとされるアトゥム神(のちに太陽神ラーと習合して、「ラー・アトゥム」と呼ばれるようにもなる)は、ベンヌとして、「混沌の海(原初の海)」=「ヌン」から、みずからの力、みずからの意思によって生まれたとされる。 一方で、ベンヌが混沌の海から太陽の卵をすくいあげ、それを抱いて孵したことで太陽および太陽神が生まれたという物語も、言い伝えの中には存在していた。いずれにしてもベンヌが、古代エジプトの神話における「はじまりの存在」だったことはまちがいない。, ベンヌは毎日、夜明けとともに生まれ、日暮れに死んでいく。ただし、その死は永遠ではなく、翌朝また甦ってくる。つまり、生と死を内にもち、それを支配する者という認識がもたれたため、生と死を司る神であるオシリスとの関係も深いと考えられた。 こうした生い立ちから、ベンヌは、アトゥムやラー、オシリスといった、古代エジプト神話の中心にいた神の核、すなわち、その「魂」であるとも考えられた。 500年ごとに燃え尽きて死んでは、その灰の中から再生を繰り返すと想像された幻鳥のフェニックス。エジプトやギリシアにおいて聖なる鳥とされたこの不死鳥のモデルも、ベンヌだったと考えられている。, エジプトにおいては、壁画やパピルスなどに神の姿が描かれた際、アトゥム神が人間の姿で描かれたのに対し、太陽神のラーは人間の体にハヤブサの頭部をもつ神として描かれた。また、その頭上には、しばしば、太陽の象徴である赤い日輪も描かれていた。 天空と太陽の神であり、ハヤブサの神であるホルス神もまた、ハヤブサの頭部をもつ神であり、頭上に赤く丸い太陽が描かれた絵も多数残っている。 太陽神が鳥の頭部をもつ神として描かれたのは、高位の神と鳥が結びつけられて認識されたと同時に、翼をもった鳥と太陽が切っても切れない関係にあると、人々から考えられていたためでもあったようだ。 なお、ホルスの母親で、生と死と豊穣を司る女神のイシスもまた、トビの姿や、背中にトビの翼をもった姿で描かれることがあったことを追記しておく。, 空を飛ぶには、やはり翼が不可欠――。 そんな意識が、天空を移動する太陽の絵にも翼を付け加えた。 ふだんは見えないが、実は太陽にも翼があると信じた古代の民族は多かった。古代のエジプトを筆頭に、メソポタミアやその周辺の国家にそうした信仰の痕跡を見る。 それがはっきりとわかるのが古代エジプトの壁画やパピルスの「有翼日輪」の絵だ。文字どおり、太陽が丸い姿ではなく、その左右に1対の翼が付属した形で描かれる。, 太陽は明るすぎるので、ふだんはその姿を直視することができない。だが、それが可能になる日蝕のとき、月の陰に隠れた太陽には翼のように、長く二方向に伸びた光の帯が見えることがある。 太陽黒点が少なくなる時期(極小期)にのみ見ることができる、太陽の赤道方向の左右に長く伸びたコロナ(赤道型コロナ)は、見方によっては確かに広げた翼のようにも見える。それが、古代エジプトなどで「有翼日輪」として描かれた「翼の生えた太陽」の原型だったのではないかと指摘する研究者もいる。 ふだんは見えていないだけで、実は太陽にも翼があるのだと、神に仕える神官が人々に示すには、こうした条件のもとでの日蝕こそが、絶好の機会だったのかもしれない。 いずれにしても、日蝕時にのみ見ることのできる特別な姿が、地上に生きるあらゆる生き物にとって必要不可欠な太陽に、神性と神秘性を与えるのに都合のよいものだったことは容易に想像がつく。, 中国の神話においては、太陽の核、あるいは魂ともいうべき存在がカラスであり、そのカラスは3本の脚をもつとされた。太陽の精気が集まってカラスの姿になったとも考えられ、そのカラスが太陽の中に棲んでいると信じられていた。 「偶数を陰、奇数を陽」とする陰陽の思想において、陽である「太陽」の中の存在が偶数であってはならない。それゆえ、カラスの脚は2本ではなく3本となったと説明される。, 中国神話には、ある日、天空に10個の太陽が現れ、地上はその熱により焦土と化す寸前までいったが、弓の名人である羿げいが9つの太陽を射落として1つに戻したことで世界は救われたという逸話がある。これは、一般に「射日神話」と呼ばれる。羿が射たのは太陽の中にいたカラスで、9羽のカラスを射殺すことで彼は世界を救ったのだという。 日本の熊野本宮大社の八咫烏やたがらすが3本足の姿で描かれていたり、日本サッカー協会のシンボルである八咫烏が3本足なのは、こうした中国の神話が伝わり、広がったためである。なお、日本神話の八咫烏には、もともとは3本足という設定はない。, 古代エジプト神話のラーやホルス、ギリシア神話のアポロンやヘリオス(ローマ神話では、それぞれアポロ、ソルに相当)、北欧神話のソール(インド神話の太陽神スーリヤも同じ語源)、日本神話の天照大神あまてらすおおみかみ、アイヌ神話のトカプチュプカムイなど、多くの神話に太陽神が存在した。それはとりもなおさず、昼を生む太陽を「神」と崇めた民族が多かったことを意味している。 エジプトの太陽神の多くが鳥の頭部をもつ存在だったことに加え、翼のある太陽「有翼日輪」の絵も残る。ギリシア神話のアポロンには、ワタリガラスに変身して危険な相手から逃れたというエピソードもある。太陽=カラスとされた中国神話の例もある。 このように、いくつもの神話が、太陽、あるいは太陽神と鳥が少なからぬ接点をもっていたことを伝えている。, 地上にある神や人間を助け、導く鳥もいた。多くの場合それは、その鳥の意思ではなく、より高位の神からの指示による。例としてよく挙げられるのが、日本の「八咫烏」だ。 日本神話の後半、神武天皇が九州の高千穂から近畿の大和を目指して東征する旅において、紀伊半島南部の熊野から大和に向かう途中、その土地に暮らす荒ぶる神への対策と道案内役として、高天原が神武天皇のもとに遣わしたのが、巨大なカラス、八咫烏だった。 『古事記』に記述はないが、金色のトビもまた、神武天皇の手助けのために高天原から派遣されたことが『日本書紀』には記されている。, アイヌの神話において、人々を導く存在として大きな役割を果たすのは、シマフクロウである。アイヌ神話では、天上の神によってつくられた鳥は、神の遣いであると同時に、神格をもつ存在でもあった。シマフクロウは、天上の主神が最初につくった鳥であることから、鳥の神の筆頭とされた。 アイヌの人々を守り導くために地上に派遣されたのも、シマフクロウの存在の重さゆえである。 「モシリ・シカマ・カムイ」(国を守る神)とも呼ばれたシマフクロウは、アイヌの人々が暮らす土地を守り、特に暗い夜間に周囲に目を光らせるために天上から派遣された神であると、アイヌ民族に伝わる叙事詩(ユーカラ)は語る。, 神話の時代の物語として、神話とともに欧米人に広く親しまれ、信仰の対象となってきた旧約聖書、新約聖書にも、鳥が登場する。なかでも特に印象的なのが、人間や動物たちが巨大な箱船に乗り込むことで、地上を覆う大洪水という災厄から逃れた「ノアの箱船」のエピソードだろう。 洪水がおさまりかけたとき、あたりの様子を確認するためにノアがまず空に放したのはワタリガラスだった。だが、もとより自由な気質の存在であり、長時間飛び続ける力もあったワタリガラスは、待てども、待てども、ノアのもとに戻っては来なかった。 次いで、ノアはハトを放つ。 ハトがオリーブの小枝をくわえて戻ってきたことで、ノアは大洪水の水が引き始めたことを知る。分布圏や当時の人間との関係から、このハトはカワラバトだった可能性が高い。, 聖書にカラスが登場するシーンはいくつもあるが、記されているカラスはすべてワタリガラスである。実は、各地の神話や、神話の時代の物語に登場するカラスの多くがワタリガラスだった、という事実がある。, 神に仕える鳥としてよく知られているのは、北欧神話で主神オーディンのもとにいる、フギンとムニンという二羽のカラスだろう。 フギンとムニンはオーディンの命を受けて世界中を飛び回り、戻るとオーディンの両肩に止まって、見てきたことを報告する。彼らのおかげでオーディンは、ヴァルハラ宮殿に居ながら世界のすべてを知ることができた。 このフギンとムニンも、ワタリガラスである。, ギリシア神話の太陽神アポロンもカラスを使役した。そのカラスはワタリガラスで、かつてはハクチョウも羨むほどの純白の羽毛をもっていた。 優れた偵察能力に加えて、人の言葉を話す知力もあったそのカラスは、ある日、アポロンの子を身ごもった彼の思い人のコロニスがほかの男とも密かに会っていると、アポロンに告げ口をする。 アポロンは怒り、激情に動かされて、コロニスを射殺してしまう。後悔と行き場のない怒りから、アポロンはカラスの羽毛を黒く変え、以後カラスは永遠にコロニスの喪に服するために黒い鳥になったのだという。, 聖書、北欧神話、ギリシア神話のカラスだけでなく、日本神話の八咫烏も、ふつうのカラスよりもはるかに大きな体躯をしていたと記紀(『古事記』と『日本書紀』を併せた略称)に記されていることから、ワタリガラスだった可能性が指摘されている。, 数多のカラスがいる中、古代においてワタリガラスは、ほかのカラスとは違う、特別な存在だったらしい。 ヨーロッパでは、紀元前からワタリガラスについて、未来のことを予言する鳥という共通認識もあった。ただし、彼らは良い未来だけを告げるわけではなく、この先にある破滅的な悪い未来をも予言する。個人にとって都合の悪いことも口にする。「告げ口屋」というイメージがもたれたのもそのためだ。 このように、ワタリガラスには清濁両方のイメージが存在したが、それでも無視できなない特別な鳥だった。特別な役割をもって多くの神話に登場するのも、ほかのカラスとは異なる存在という認識が各地の人々の意識にあったためだろう。, 多くの神話において、神々の座は天空にあるとされた。だが神といえど、人間と同様、地球の重力に縛りつけられた存在であり、自身の力で自在に空を飛ぶことはできない。 翼をもたない神々は、地上では歩くか、馬に乗るか、馬車や古代の戦車に乗るかしなくてはならならず、空を飛ぶ場合も、空を飛べる何らかの移動手段を使う必要があった。もしくは自分に代わって空を飛んで移動し、状況を確認したり行動を起こす存在を必要とした。 オーディンが使役するワタリガラスの例を見てもわかるように、後者の中心はもちろん鳥である。 日本神話において、天空の高天原から派遣されるのは、八咫烏にしても、監視者にして伝言を伝える者である「鳴き女」という名のキジにしても、鳥でなくてはならなかった。, 天空の移動に利用されたのは、巨鳥や天馬ペガサスなど、翼あるものたちである。 ペルセウスは、ヘルメスから与えられた翼のあるサンダルを使って空を飛んでいるが、それはきわめて特殊な例となる。 もっとも、そのサンダルにしても、鳥の「翼」がついていることで飛翔が可能となる、という点を突き詰めて考えたなら、それもまた鳥からの力の借用であり、間接的な鳥の関与と考えるべきだろう。 ペルセウスが岩に縛られたアンドロメダ姫を見つけたのも、このサンダルを使って空を飛んでいたときのことだった。サンダルについた鳥の翼がなければ、ペルセウスの物語においてとても重要なこの場面も存在しえなかったのである。, インド(ヒンズー教)の神話において、神ビシュヌは、聖なる乗り物として、ガルーダという名の巨鳥を使役し、その背に乗って世界を移動した。 日本神話では、神々は、「天鳥舟あめのとりふね」という名の、神にして移動手段でもある存在に搭乗させてもらうことで、天と地上とのあいだを行き来する。 天鳥舟については、記紀にはその形状の記載はなく、どんな姿をしていたのか不明だが、「鳥舟」という名称からも察せられるように、いずれにしても飛行には「鳥」または「鳥の翼」、もしくはそれに相当するなにかが必要とされたと考えることができそうだ。, 鳥を使役するのも手だが、自分自身が鳥になってしまえばもっと都合がいい。そういう考え方もあった。 一時的に「鳥になる」こと。それが、空を移動するためのもうひとつの手段となる。鳥になれば、長距離移動も可能になる。自分の意思で、行き先を決めることもできる。走るよりずっと早く移動できることも、鳥になることの大きな利点だった。 ギリシア神話では、必要時に、多くの神が鳥の姿を取った。変身の多くは自身の欲望を満たすためだが、敵や追手から逃れるために鳥に変身する例も少なからず存在した。, 神の鳥への変身譚は、死後に鳥へと変化するものと、生きながら、みずからの意思によって鳥に変わるものに大別できる。 変身・変化においては、体の一部が鳥となっているケースもある。その多くは、背に翼をもったり、頭部が鳥の形状になる。例としては、ハヤブサの頭部をもつ姿が描かれることもあるエジプト神話のホルスのほか、トビの翼をもった姿で描かれるイシス、アフリカクロトキの頭部をもった知恵を司る神トートなどが挙げられる。 このほか、一部の神話においては、神の力によって、人間やほかの神が鳥の姿に変化させられた話も存在した。, 古くから各地に伝わるのが、死後にその魂が鳥へと変わるエピソードである。 日本神話には、大和への帰路の途上で力尽きたヤマトタケルの魂が、御陵(墓所)からハクチョウとなって飛び立ったというエピソードが残る。 飛び立ったハクチョウ(ヤマトタケルの魂)は、はるかな空の彼方へと飛び去っていく。そこには、季節がめぐると渡り去る水鳥を霊的存在と認識する、弥生時代から続く原始的な宗教の影響が見える。, 古代エジプトにおいて死者の魂は、鳥や、人間の頭部をもつ鳥「バー」の姿で描かれた。その姿は、死者とともに埋葬された葬祭文書「死者の書」などに見える。テーベで発見された「アニのパピルス」にもそうした翼ある存在が描かれていた。 死した後、その魂が鳥へと化身する話は多い。アニミズムが支配的だった文明化する以前の原始的な社会において、飛ぶ鳥を、死者の魂の運び手や、魂そのものとみなす思想が世の東西に広く存在していたことが大きい。, 鳥に変身した神のエピソードが多いのは、なんといってもギリシア神話だ。 主神であるゼウスは、思いを募らせたスパルタ王妃レダのもとをハクチョウとなって訪れ、その姿のまま交わって懐妊させる。 鳥として交わったがゆえに、身ごもった女性が産むのは人間の赤ん坊ではなく卵。レダが産んだ卵の1つから生まれたのが、トロイア戦争の発端となった美女ヘレネとされる。だが、卵の形で出産されるものの、卵から孵るのは鳥の雛ではなく、人間の赤ん坊である。, こうした誕生のエピソードはのちの文学にも大きな影響を与えたようで、「ターザン」で有名な作家エドガー・ライス・バロウズが書いたSF「火星シリーズ」の中には、火星人はみな卵から生まれる、という設定がある。, なお、ゼウスに関しては、人間に火を与えた罪によって岩に縛りつけられているプロメテウスの肝臓を日々喰い続ける大鷲(そのイメージはイヌワシ)も、ゼウスが化身した姿であるという解釈もある。 またゼウスには、アポロンとアルテミスの母であるレトを懐妊させた際、ウズラ(ヨーロッパウズラ)の姿で近づいたという話もあった。また、レトの妹であるアステリアは、姉と同じように自身を誘惑しようとしたゼウスから逃れるためにウズラに変身して危機を回避したというエピソードも残る。, 強大な敵から逃れるため、「鳥に変化して飛んで逃げる」というタイプの変身譚も存在した。例えば、ゼウスとレトの子である太陽神アポロンは、超常の力をもつ怪物テュポーンに襲われた際、ワタリガラスに身を変えて飛び去ることで難を逃れている。, 変身譚からは少し離れるが、人間の祖先が鳥であったという神話をもつ民族もいる。アメリカ先住民のワイヨット族には、遠い祖先はコンドルだったという言い伝えも残る。 魔法や呪いによって人間が鳥に変化させられた話は欧州に多い。もともとが人間なので、呪いや魔法がとけると人間に戻る。人間を鳥に変身させるのは、おもに魔法使いなどに代表される悪意をもった第三者だ。, 作家。サイエンス・ライター。鳥を中心に、歴史と科学の両面から人間と動物の関係をルポルタージュするほか、先端の科学・技術を紹介する記事も執筆。おもな著作に、『鳥を識る』(春秋社)、『身近な鳥のすごい事典』(イースト・プレス)、『江戸時代に描かれた鳥たち』『知っているようで知らない鳥の話』『鳥の脳力を探る』『身近な鳥のふしぎ』(SBクリエイティブ)、『大江戸飼い鳥草紙』(吉川弘文館)、『うちの鳥の老いじたく』(誠文堂新光社)、などがある。