堀内 敬子(ほりうち けいこ、1971年5月27日 - )は、日本の女優。東京都府中市出身。所属事務所はキューブ。元劇団四季団員。, 7歳からクラシックバレエを習う。運動神経が良く、中学時代はバスケットボールでゲームキャプテンとして活躍し、全国大会にも出場した[1]。バスケット選手として高校へ推薦入学も可能であったが、小柄だったために断念し、母親の勧めで関東国際高校演劇科に進学した[1]。, 高校卒業後の1990年に、劇団四季附属研究所入所。1991年に『ミュージカル李香蘭』で初舞台(アンサンブル)を踏む。, 在籍中は『キャッツ』、『美女と野獣』、『ウエストサイド物語』、『夢から醒めた夢』、『エビータ』、など数々のミュージカル作品でヒロインをつとめた。入団間もなく大抜擢(ばってき)された『アスペクツ・オブ・ラブ』のジェニー役が初めてのメインキャストであり、四季在籍中の最後の舞台も同じジェニー役であった。また、1995年5月8日に、ディズニーの責任者も加わり『美女と野獣』公演のためのオーディションが行われ、堀内は10歳年上の四季看板女優野村玲子と共に初代ベルとなった[2]。『美女と野獣』は1995年11月24日よりロングラン公演が開始され、堀内は1997年までベルを演じた。1999年4月15日、ニューヨーク・ブロードウェイで世界各国の『美女と野獣』のヒロインが集まって開催された「美女と野獣 5周年記念特別公演」では、日本から堀内が出演し、"ホーム"とフィナーレの"美女と野獣"のシーンに登場した[3]。1996年の『エビータ』でも堀内は、野村玲子とのWキャストでヒロインを務めた[4]。, 1999年に劇団四季を退団後も、『レ・ミゼラブル』、『屋根の上のバイオリン弾き』、『12人の優しい日本人』、『コンフィダント・絆』、『ガールフレンズ』など数々の芝居やミュージカルの舞台に出演するほか、『THE 有頂天ホテル』などの映画や、『サラリーマンNEO』、 『CHANGE』などテレビにも出演する。また、松任谷由実苗場ライブにも参加している。, ただ、四季退団後必ずしも常に順風であったわけではなく、特に2003年 - 2004年頃はやや活動が少なく、堀内本人は「引っ込み思案で人見知りするタイプ」のためと言っており、マネージャーからも「押しが足りないから仕事がない」と言われていた[5][6]。しかし、2004年9月に『I LOVE YOU 愛の果ては?』での演技を、たまたま観劇した三谷幸喜に高く評価されて、三谷の舞台『12人の優しい日本人』で最後までキャストが決定していなかった「キーパーソンのおばさん」役に、初対面ながらその場で出演依頼された[6][7]。その後多くの三谷作品に参加しており、それと共に、舞台だけでなくテレビ・映画への出演も増えている。, その演技力の高さから、役の人格が憑依(ひょうい)したかのように完全にその役に成りきってしまう「憑依型女優」と三谷に表現されている[8]。演技力を示す逸話として、『THE 有頂天ホテル』ではハナ(松たか子)の後輩の若い客室係を演じたが、一方同時期の舞台『12人の優しい日本人』で上述のように「おばさん」を演じ、それが本当におばさんにしか見えず、年配の女優と勘違いされた[5][8]。後に仕事で関わる松任谷正隆も『12人の優しい日本人』を観て「おばさんだと思っていた」と発言している[5]。, 2007年度に、第33回菊田一夫演劇賞(『コンフィダント・絆』のルイーズ、『恐れを知らぬ川上音二郎一座』の伊東カメの役の演技に対して)及び、第15回読売演劇大賞優秀女優賞(『コンフィダント・絆』の演技により)を受賞した。堀内は『コンフィダント・絆』で「キュートなコメディエンヌぶりを発揮」し、「才能を開花させた」と評価された[誰によって? Season2〜南海怒濤篇〜(2014年1月3日 - 3月14日), 全身編集長〜文豪から学ぶオトコの生き方〜(2013年11月27日、NHK BSプレミアム) - 小春 役, スピンオフ「大杉探偵事務所」(「美しき標的」2015年11月 2日、TBS、「砕かれた過去」2015年11月15日、WOWOW), シャーロック ホームズ年末SP「シャーロック ホームズ・アワード」(2014年12月28日、NHK教育) - 声の出演, 「HANEBUTON hiroshi&kei」(「HANEBUTON: Happy Tomorrow Version」・「HANEBUTON: Blue Night Version」)作詞:堀内敬子、作曲・ピアノ伴奏:, ミュージカル Bitter days,Sweet nights(発売:キューブ 2012年12月), こけらおとし シアタークリエ開幕 三谷さん、ここまで語って大丈夫?(徳間書店、2007年12月31日発行、. 4月29日にこの企画を知ってから、カレンダーの5月6日の欄に「14:00・18:00 12人」と書き込んだり、30分前位からドキドキワクワクしながらpc立ち上げてスタンバイしたり、そんな段取りも含めて何だかとても久しぶりに「ナマで演劇を観る」感覚を味わいました。 いやー、面白かった。初演は30年前。題名から判るように、【12人の怒れる男】を元にしている。三谷幸喜の作品。三谷幸喜はサスペンスは面白いのだが、コメディはあまり好きではない。この作品は【12人の怒れる男】へのオマージュだと言うが、果たしてどうだろうか? 『12人の優しい日本人』(じゅうににんのやさしいにほんじん)は、三谷幸喜の戯曲。自ら主宰する劇団・東京サンシャインボーイズのために書き下ろし、1990年7月30日に東京・シアターサンモールで初演、『しんげき』(白水社)1991年7月号(No.461)に掲載された。映画『十二人の怒れる男』へのオマージュとして、「もし日本にも陪審制があったら?」という架空の設定で描かれる法廷劇・密室劇[1]。『十二人の怒れる男』での展開や設定を基にしたパロディが各シーンでみられる。, 東京サンシャインボーイズにより1991年と1992年に、またパルコプロデュースにより2005年にも上演された。, 1991年、三谷幸喜と東京サンシャインボーイズの脚本、中原俊の監督で映画化され、同年12月14日に公開された。, 夜の国道で男性がトラックにはねられ死亡した事件をめぐり、被害者男性を車道に突き飛ばした容疑によって起訴された元妻に対する陪審審理のため、素性も考えも裁判への意気込みも全く異なる、12人の一般市民が陪審員として会議室に集められた。, 評決は全会一致が原則である中、最初の決で12人全員が「無罪」に挙手。呆気なく審議終了・解散となりかけたところ、陪審員2号が「話し合いがしたいんです」と言って意見を「有罪」へと翻す。仕方なく話し合いを始めるが、挙手はしたものの理由があやふやな人、参加意欲の乏しい人、付和雷同な人、意固地すぎる人など、良くも悪くも日本人らしい12人による議論はなかなか前に進まない。, 有罪無罪の決をとるたびに各自の考えも二転三転し、全会一致の評決を出せる見通しが全く立たない中、それまで全く審理への参加意欲をみせなかった陪審員11号が「自分は弁護士」と称して、殺人罪による有罪説を論駁し始める。, 東京サンシャインボーイズ公演として、1990年、シアターサンモールで初演。このときは三谷幸喜も『一橋壮太朗』の芸名で陪審員6号を演じた。1991年の再演、1992年の三演を経て、パルコ・プロデュース公演として2005年12月から2006年1月にかけて上演され[2]、WOWOWで公演の生放送も行なわれた。, ストーリーの大筋は各公演および映画版とも共通だが、脚本は他の三谷作品と同様に、演じる役者に合わせて台本を書き直す「当て書き」が行なわれており、各公演時にも都度改訂されている。事件のトリック[注 1]に関しても、その理由が公演のたびに改訂されている。また時代を反映した会話なども盛り込まれ、各々で違いがみられる。, 2020年5月6日には、近藤芳正を発起人とする「12人の優しい日本人を読む会」により、出演者全員が自宅でWEB会議アプリ「Zoom」を用いて読み合わせ、YouTube Liveによってオンラインで無料生配信された。キャストは東京サンシャインボーイズによる1992年公演のオリジナルキャストを中心に吉田羊、妻鹿ありか(Prayers Studio)、渡部朋彦(Prayers Studio)が新たに加わり、三谷も前説およびピザ店の店員役でサプライズ出演して、冨坂友(アガリスクエンターテイメント)が演出を務めた。配信側・視聴側の環境を考慮して一幕一場の作品を前後編に2分割して配信し[3]、前後編あわせて28,000視聴を記録するなど、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に伴う公演自粛の流れの中でリモート創作の可能性を探る「Zoom演劇」の新たな試みの1つとしても注目を集めた[4][5][6][7]。, 三谷幸喜と東京サンシャインボーイズの脚本、中原俊の監督で映画化され、1991年12月14日に公開された。, 自転車キンクリートSTORE公演『ブラウニング・バージョン』における アンドルウ・クロッカーハリス役、パルコプロデュース公演『12人の優しい日本人』における 陪審員1号役 の演技。, https://npn.co.jp/article/detail/96056549/, http://www.theaterguide.co.jp/theater_news/2005/10/12_03.php, “三谷幸喜『12人の優しい日本人』オンライン読み会を生配信、近藤芳正を発起人に、初参加の吉田羊ら12人がリモートで読み合わせ”, https://spice.eplus.jp/articles/268703?_ga=2.249077573.357097807.1588730118-1082786374.1588730118, “三谷幸喜氏の代表作「生上演」配信、前編で1万5千視聴突破。“武道館超え”の人気”, https://hochi.news/articles/20200506-OHT1T50085.html, https://hochi.news/articles/20200506-OHT1T50244.html, https://www.daily.co.jp/gossip/2020/05/07/0013324677.shtml, https://news.yahoo.co.jp/byline/tokurikimotohiko/20200504-00176740/, 2020年5月6日 14:00 - 15:00(前編)、18:00 - 19:00(後編), 12人の優しい日本人 サウンド・トラック(2005年12月1日、PARCO STAGE、PLS0175), 12人の優しい日本人 DVD(2006年8月1日、パルコ出版、PMMDV-11&12、ISBN 978-4-89194-861-0). 「12人の優しい日本人」リモート演劇このご時世ですので、リモート演劇があれこれ上演されています。そんな中で、三谷さんの「12人の優しい日本人」を東京サンシャインボーイズの上演時のオリジナルキャストをベースに吉田羊さんなども加わって、Youtubeで配信ということで。 12人の優しい日本人(東京:2005年11月30日 - 12月30日、大阪:2006年1月6日 - 1月29日) - 審員10号 役; ゴルフ・ザ・ミュージカル〜ゴルフなんて大嫌い!(2006年10月 - 11月) - サカシタちゃん 役 東京サンシャインボーイズ時代の1990年に初演されて以来、映画化や再演のたびに「三谷幸喜の傑作」と言われ続けてきた「12人の優しい日本人」。 『12人の優しい日本人』(じゅうににんのやさしいにほんじん)は、三谷幸喜の戯曲。自ら主宰する劇団・東京サンシャインボーイズのために書き下ろし、1990年 7月30日に東京・シアターサンモールで初演、『しんげき』(白水社)1991年7月号(No.461)に掲載された。 イケ麺そば屋探偵 season2(2009年7月4日 - 9月26日), 押忍!!ふんどし部! ][9]。, 私生活についてはほとんど公表されることはないが、43才で妊娠・出産したことを明らかにしている[10]。, 2007年1月27日、「劇団四季」の話・2007年3月3日、「三谷幸喜さんの舞台」の話(PODCAST vol.49)・2008年4月17日、「旭山動物園物語」の話・2010年1月16日、「ニューヨーク公演」の話に出演。, https://web.archive.org/web/20150911222631/http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20150907-OYT8T50158.html?cx_thumbnail=08&from=ytop_os_tmb, SUNTORY SATURDAY WAITING BAR AVANTI PodCast vol.